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クローズド感 3 |
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ソーシャル |
クローズドなところに "大人のいやらしさ" が加わると クローズドがすごく機能する。
リアル、クローズドにおいての本音なんて多くの人はもうピンッときて わかっている。(その いやらしさを)
しかし、そこに陥ってしまっちゃーダメだ。 自分を動機付かせる有意義な舞台装置として使わないと。
やっぱり、どう考えても往復運動だわ。
スポーツじゃないけど、感覚を動かして感覚の新陳代謝をよくする、ということかも。
いや もうこれ、感覚のスポーツと捕らえた方がいいかもしれない..
そうなると最低条件として、そのクローズドリージョンが感覚に引っかからないといけない、がある。
自分の感覚に引っかからずにスルッとスルーしてしまうものでは装置の働きようがない。
‘最後のはてな村民”――ネット民俗学的な資料か、葬送すべきゾンビか’ |
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ソーシャル |
はてなダイアリー での はてな村民 にクローズド感はもうあまりない。
しかし、Q&Aの方にはある。 Q&Aの受け答えの内容自体がクローズド感を醸し出しているから。
‘実名制Q&Aサイト「Quora」が驚くほどすごい5つの理由【イケダハヤト】’-
これにしても、Q&Aの内容自体がクローズド感を持っているから、それにハマッたとも言える。
クローズド感のコントロールってこれから大事だろう。
ま、それも オープン世界がかなり充実している ということあってのこと。
オープン世界からクローズド領域、また逆に、クローズド領域からオープン世界。 この往復(と言っても感覚の往復だけど) は、人を動機付ける仕掛けにもなっている。
キーワードとして、"リージョン" をメモ。
Re: 食べ方と洗い方は試行中
そもそも洗物が嫌いな自分の取った手段 |
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お茶碗の上にラップをかけて、その上にご飯を盛って、納豆をかける。
食べ終わったらラップをポーイ
お茶碗もベランダから旅立つ恐怖から開放されます
まぁ多少食べ辛いという欠点はありますが。
方丈記の一節... |
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ソーシャル |
ソーシャルが活発になるにつれ、そこでの人の出入りも激しくなる。 そうなるとまた落ち着かない。 へたをすると落ち着かないどころか自分の居場所さえ見失う。
大きい目で見れば、結局は流転する。
一度 湯川さんあたりに聞いてみたい、 "自分の居場所って見つかるのですか?" と...
あれだ、方丈記の一節...
『 行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし。
世の中にある人とすみかと、またかくの如し。玉しきの都の中にむねをならべいらかをあらそへる、たかきいやしき人のすまひは、代々を經て盡きせぬものなれど、これをまことかと尋ぬれば、昔ありし家はまれなり。或はこぞ破れ(やけイ)てことしは造り、あるは大家ほろびて小家となる。
住む人もこれにおなじ。所もかはらず、人も多かれど、いにしへ見し人は、二三十人が中に、わづかにひとりふたりなり。あしたに死し、ゆふべに生るゝならひ、たゞ水の泡にぞ似たりける。
知らず、生れ死ぬる人、いづかたより來りて、いづかたへか去る。又知らず、かりのやどり、誰が爲に心を惱まし、何によりてか目をよろこばしむる。
そのあるじとすみかと、無常をあらそひ去るさま、いはゞ朝顏の露にことならず。或は露おちて花のこれり。のこるといへども朝日に枯れぬ。或は花はしぼみて、露なほ消えず。消えずといへども、ゆふべを待つことなし。』
--- 方丈記 (青空文庫より)
これはソーシャルにも言えるんじゃないか。
>> 所もかはらず、人も多かれど、いにしへ見し人は、二三十人が中に、わづかにひとりふたりなり。あしたに死し、ゆふべに生るゝならひ、たゞ水の泡にぞ似たりける。 <<
... いにしへ見し人は、二三十人が中に、わづかにひとりふたりなり ... これが未来のソーシャルの真実だったりして。
"ソーシャル" や "キュレーション" といった流行の言葉に踊らされず、"自分の居場所" という基本に戻った方がいいのではないか、そんな気がしてきた。 自分の居場所を意識しつつ豊かにしていく、その方が いいソーシャル関係を保てるのでは...
http://x6a7u9.sa.yona.la/48 |
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直った。
のちみちみんななすんらのな
で検索したら解決・・・
アイスマン復元 |
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ニュース |
→
>> 世界最古の完全なミイラは、歴史的に比較的新しい農耕社会で暮らしていたようだ。アイスマンの名で知られるミイラが着ていた服を調べたところ、彼はアルプスで牧畜をしていた可能性のあることが分かった。
アイスマン、あるいは「エッツィ」の名で知られる5000年以上前のこのミイラは、新石器時代のヒツジの毛でできたコートやゲートルを身に付けていた。レーザーを用いた新しい化学分析法でこのミイラを調査したデータから、このような結果が明らかになったという。
これまでクマの皮でできていると考えられていた革靴も、大昔の家畜のウシの皮でできていることが判明した。このウシは、ミイラが発見されたアルプス地方で、季節ごとに場所を変えながら放牧されていたとみられる。
この研究を率いるドイツのザールラント大学のクラウス・ホレメヤー氏は、「着ているものが野生動物の皮や毛ばかりなら、ヒツジ、ヤギ、ウシといっ た家畜とは関わらない原始的な狩猟採取社会に生きていたことになるが、アイスマンの装身具は主に家畜から作られていたので、それよりも進んだ農耕牧畜社会 に暮らしていたのだろう」と述べている。
なお、食物の残留物の調査から、彼と同時代の人々は既にオオムギや初期のコムギを食べていたことが分かっている。ここからも、彼の生きていた社会で農耕が行われていたことが裏付けられる。 <<